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代表あいさつ

動画でのごあいさつと、私がこの会社を継いだ経緯をお話しした文章を掲載しています。

ごあいさつ(3分41秒 / 2021年収録)

動画では、山口建設という会社についてお話ししています。
ここから下は、なぜ私がこの会社を継ぐことにしたのか、その経緯です。

なぜ、私がこの会社を継いだのか

代表取締役 山口博康
代表取締役 山口博康

2012年4月、私は10年勤めた通信会社を辞めて、山口建設に入りました。当時の仕事にやりがいはありましたし、辞めなければならない理由もありませんでした。

それでも決めたのは、ご縁をいただいたお客様のこの先のお住まいと、山口建設で働く社員・協力会社のみなさんのこれから、その両方に責任があると思ったからです。

ここに至るまでと、入ってから何をしてきたのかを、お話しさせてください。

跡継ぎと言われて育ちました

2003年、ショールームで開催したリフォーム相談会でお客様と打ち合わせをする様子
2003年、私が入社する前の山口建設。父の代のリフォーム相談会です。

私は創業者である父から、幼い頃から「山口建設の跡継ぎになるんだ」と言われて育ちました。小さな頃から忘年会に参加しては、協力会社のみなさんに可愛がってもらった記憶が、いまも残っています。

その後、建築系の大学に進みましたが、情報の授業や、在学中に新設された情報系の学科の面白さを知り、転科したいと父に伝えました。父の返事は「結果を残してみろ」でした。チャンスをもらった以上はと必死にやり、学科で上位の成績を修めて、大手の通信インフラ会社への就職が決まりました。

大きな会社で学んだこと

就職氷河期で3年間新卒を採っていなかった会社だったため、4年ぶりの新卒として、かなり思い切った配属をしてもらいました。最初は技術系として、通信サービスの故障修理の現場です。修理の一環で、お客様宅だけではなく、電柱に登り、マンホールにも入る仕事でした。

正直なところ、最初は自分がよそ者でした。それでも一緒に体を動かしているうちに、朝から馬鹿話をして大笑いするような関係になれたのは、いま振り返っても大きな財産です。インターネットが広まり始めた頃で、自分のITの知識が現場で役に立ったのも、いい思い出です。

いくつかの職場を経て、最後に配属されたのが社内システムを構築する部署でした。四半期ごとに億単位の規模で社内システムを開発する部署で、決裁をいただく上長の数も、そのピラミッドの深さも相当なものでした。日本の大企業という組織のつくりを、良いところも古いところも含めて、深く知ることができました。

この経験が、後になって効いてきます。

それでも、家業に戻ることを決めました

協力業者連絡会議で職人・協力会社の方々に説明する様子
協力業者連絡会議

入社して10年ほど経った頃、父から「将来をどう考えているのか」と打診がありました。

数万人規模の会社です。雲の上のような人たちの片鱗を見るほど、この環境で自分が上を目指すのは簡単ではないと感じたのも事実です。それでも、残業が続きタクシーで帰る日もありながら、大きな組織の一員として働き上げている自負がありましたし、やりがいも成長も十分に感じていました。辞める理由はありませんでした。

それでも山口建設を選んだのは、置いていくものの重さのほうが勝ったからです。

山口建設がこれまでリフォームをさせていただいたお住まいは、引き渡して終わりではありません。お客様はその後何十年も、そこで暮らしていかれます。何かあったときに相談できる会社が残っているかどうかは、お客様にとって小さな話ではないはずです。

そして、働いてくれている社員と、長く支えてくださっている協力会社のみなさん。小さい頃、忘年会に連れて行かれるたびに可愛がってもらった、あの人たちです。この先どうなるのかを、他人事として考えることはできませんでした。

2012年4月、山口建設に入社しました。

入って直面した現実

入社した当時は、数名の社員と一緒に、現場調査をし、見積を作り、現場を管理し、ご満足いただく——その一連に没頭する毎日でした。そしてすぐに、自分が理想として考える組織の姿とのギャップを、強く感じるようになります。

会社の中でどんな現場が進行中なのか。誰がどの案件を担当しているのか。この請求書はどこの現場のものなのか。職人さんの連絡先は誰が把握しているのか。そのどれもが個々のやり方に依存していて、会社としてのやり方がありませんでした。

そういうことも重なってか、当時は社員のほとんどが21時、22時まで働くのが当たり前でした。リフォーム業が個人商店と言われる所以かもしれません。ですが、会社として状況を把握し、働く社員がもっと楽に仕事ができるようにしなければならない。そう決意しました。

会社の形をつくり直しました

事務所で作業着姿の代表取締役 山口博康

組織づくりに本格的に取りかかりました。

18時ごろに事務所へ戻ってから、お客様への対応、翌日の準備、見積の作成、発注処理。それらをこなしながら、並行して業務そのものの見直しと、法的な整備を進めていきました。

業務を見直しながら、市販のシステムでどこまでできるかも検討しました。しかし、山口建設がやっている業務、やりたい業務をそのまま遂行できるシステムはありませんでした。業務に合わせてシステムをつくるか、システムに合わせて業務の一部を諦めるか。悩んだ末に選んだのは前者、自社でつくるという判断でした。

幸いITに多少の心得があったので、手探りで構築を始めます。まずはエクセルを共有して管理し、柔軟性が足りないのでマクロを組んでシステムのような形にしました。それでも拡張性に限界があり、最終的に自社サーバを導入して、自分でプログラムを書くことにしました。

帰社後の対応に加えて、この作業です。日付が変わってから帰る日々がしばらく続きました。若さゆえだったのだと思いますが、よく事故を起こさずに運転して帰ったものだと、いまでも思います。

体制も、運用の方法も、システムも、どうにか形になり、かろうじて組織として言える動きになりはじめたのが、1年ほど経ってからでした。

だから、お客様にお約束できること

リフォーム業は、個人商店の集まりになりやすい仕事です。
一人ひとりが自分のやり方で進めていると、省けたはずの手間や、もっと良くできた部分に、本人だけが気づけません。私自身がそうでした。

だから山口建設は、やり方を会社の仕組みとして整えることに時間をかけてきました。
どのお住まいで、いつ、誰が、何をしたのか。現地調査の写真、お打合せの内容、お見積りと工程表、発注の内容、工事中の記録、完工後の書類まで、会社として記録し、共有しています。
予定や手配、確認事項も、担当者の記憶ではなく仕組みが受け持ちます。

これは、お客様にとってこういうことです。

  • 「誰が担当するか」で仕上がりが変わりません。過去の工程表・お見積り・発注の内容までさかのぼって確認できるため、経験の浅い社員もベテランと同じ段取りで進められます
  • 担当者が代わっても、一から説明し直していただく必要がありません
  • 10年以上前の工事でも、当時の記録をたどってご相談にお答えできます
  • いただいたアンケートは集計し、毎月の社内会議で共有して、次のお住まいに活かしています

そして、社員が余裕を持って働けることは、お客様のためでもあると考えています。
疲れた人間が、良い仕事をし続けることはできません。
働く人の生活が整っていることが、めぐりめぐってお住まいの仕上がりに返ってくる。そう信じて、会社の形をつくってきました。

すべては、お客様のために。名刺にも刷ってあるこの言葉を、仕組みとして形にしてきたつもりです。

あれから十数年が経ちました。仕組みはいまも作り続けていますし、これで完成したとは思っていません。

山口建設の基幹システムは、現場管理、写真管理、発注管理、労務管理、車両管理、CADまで、すべて自社で開発してきました。ここまで自前でつくっているリフォーム会社は、多くはないと思います。

いまはAIを使った取り組みも進めています。お手持ちの写真からリフォーム後のイメージをAIが作る無料のシミュレーションも、そのひとつです。

ただ、お客様に「山口建設に頼んでよかった」と言っていただくために何をすべきかは、あの頃よりはっきり見えています。

お住まいのことでお困りのことがあれば、どうぞお気軽にご相談ください。

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  • 創業1990年
  • お客様満足度4.9
  • Googleクチコミ ★4.6
  • 練馬で36年