日光東照宮へ

彼の工房見学から 日光東照宮へ

何十年ぶりの日光

友が 「山口 日光東照宮は龍の彫り物が多数見れるので

いこう」

一箔二日の旅行

到着は夕方 時間の関係で今日は入り口の観光のみ

雪化粧で覆われた日光

 

まずは 入り口側の五重の塔

 

欄間にも色彩職鮮やかな彫り物が

倒壊の恐れがないように 心柱が床下に作られてるとの

案内板が

この奥が有名な陽明門

今日は時間の関係で 本格的観光は明日へ

 

 

宿は陽明門 目の前の

大学からの友との日光見学

小生のため お付き合いしてくれました。ありがたいことですね

翌日 ホテルの前で 友と

 

 

さああ  日光見学の始まり始まり

 

これはご存知の

言わ猿 聞か猿 見猿の 三匹のさるの彫刻が

どのような発想でこのような彫刻をつくったのでしょうか

 

新たに修復された猿の彫刻の姿が目の前に

 

 

この鳥居の先が

陽明門です。

 

いよ いよ 目の前に 陽明門が

日光東照宮のホームページから

日光東照宮は、元和(げんな)3年(1617)徳川初代将軍徳川家康公を御祭神におまつりした神社です。家康公は、天文(てんぶん)11年(1542)12月26日三河国岡崎城(愛知県岡崎市)でご誕生になり、幼少より苦労を重ね戦国乱世を平定され、幕藩体制を確立されました。そして、世の中に秩序と組織を形成し、学問を勧め産業を興し、江戸時代260年間にわたる平和と文化の礎を築き、近代日本の発展に多大な貢献をされました。

宮号宣下(ぐうごうせんげ)
宮号宣下(ぐうごうせんげ)

 家康公は、元和2年4月17日駿府城(静岡県静岡市)で75歳の生涯を終えられ、直ちに久能山に神葬されました。そして御遺言により、一年後の元和3年4月15日、久能山より現在の地に移されおまつりされました。正遷宮は、同年4月17日二代将軍秀忠公をはじめ公武参列のもと厳粛に行われ、ここに東照社として鎮座しました。その後正保(しょうほ)2年(1645)宮号を賜り、東照宮と呼ばれるようになりました。
尚、現在のおもな社殿群は、三代将軍家光公によって、寛永(かんえい)13年(1636)に造替されたものです

この 鮮やかな世界遺産の建築物が江戸時代に建立されたとは

日本の建築技術の高さをあらわしてます。

 

サア さあ いよいよ 入場ですぞ

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