京都へ

本当に 久し振りの 1人旅

それも 出発日の3日前に 決まった

それほどまでして決めた行き先と目的は

京都へ

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この笑顔は

スマホで自分撮りしたが いかがでしょうか

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のぞみで いよいよ

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まずは お弁当

仙台の牛タン

力を蓄えて

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そして今回のひとり旅のきっかけは この本です。

海北友松の生涯を描いた作品

桃山時代から江戸時代にかけて 活躍した画家

本のカバーに描かれたこの迫力ある黒龍のこの顔

まさに 龍が龍神となり 人間と仏の使いとして

 

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京都駅 到着

流石 観光の中心

ひと、ひとで

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最初の目的地は 駅からバスで2駅

その場所は 京都国立博物館

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サア、、

到着しました。

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大げさにいえば夢にまで見た画家の作品を 目の前で見る喜びに

嬉しさが一杯

思わず カメラを渡して 一枚、、、

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海北友松

桃山時代最後の巨匠 海北友松に迫る|京を知る・学ぶ|京都通へのトビラ|そうだ 京都、行こう。

武士のDNAと絵師の技を持ち合わせた桃山時代のスーパースター。その名は、海北友松と書いて「かいほうゆうしょう」。開館120年を迎える京都国立博物館にて、この春、海北友松の大回顧展が開催されます。注目の展覧会を前に、京都国立博物館の学芸部長・山本英男さんに友松の知られざる生涯と画業、展覧会の見どころについてうかがいました。

重要文化財 海北友松夫妻像
海北友雪筆/海北友竹賛

戦乱の世に生きた絵師

父の戦死を機に幼少にして東福寺に入り、和尚の勧めもあって狩野派の絵を学んだと伝えられる海北友松。父は織田信長に滅ぼされた北近江の武将・浅井家の重臣でした。本能寺の変で織田信長が明智光秀に討たれ、さらに光秀は山崎の戦いで豊臣秀吉に敗れ逃走中に討死。世はまさに下克上の戦乱の只中にありました。光秀の重臣であった斎藤利三(としみつ)の遺体は光秀とともに本能寺や粟田口に磔(はりつけ)となり晒されます。斎藤利三の親友であった海北友松は、絵師でありながら長槍をもって利三の遺体を奪い取り、真如堂に葬ったといわれています。

この利三の娘は後に三代将軍家光の乳母となり、江戸幕府で権勢をふるった春日局です。友松亡きあと、一介の絵師として不遇をかこっていた友松の息子・友雪を幕府の絵師に推挙したのは春日局でした。流派をつくらず、常に自由に絵を描いてきた友松でしたが、武人としての友情による縁から差しのべられた手は、友雪を救い上げました。戦国時代の濃密な人間関係の中に生きた友松の姿が浮かんできます。

一流の交友関係

友松は武家の出身ですが、何よりも画人であり、東福寺で禅を学び、お茶をたしなみ、公卿たちと交流するなど、当代一流の人々と交わりました。狩野派の豪胆さにしっとりとした大和絵風の抒情性を加えた画境は友松ならでは。武家を彷彿させる勢いの激しさ、スケール感を持ちながらしなやかさがあり、余白をうまく使っているのが同じく桃山時代を代表する絵師・狩野永徳とは大きく違うところです。友松は大和絵風の金碧画である、「浜松図屏風」「網干図屏風」(ともに宮内庁三の丸尚蔵館)も残しており、画面には華やかさの中にも叙情豊かな雰囲気が備わっています。

海北友松は慶長20年(1615)、83歳没という長命でした。その晩年に数多く残した「押絵貼屏風」(個別に描いた何点かの絵を屏風に貼ったもの)にびっしりと書き込まれた賛文からは、友松の幅広い交友関係がうかがえます。「海北友松展」では、幅広い交流の跡を物語る書状や文書類なども展示されます。こちらにも注目して、友松の人物像に迫ってみましょう。

海北友松展の注目作品! 龍の名手!友松の「龍図」とゴージャスな「金碧画」

重要文化財 雲龍図(部分) 海北友松筆 建仁寺(京都)

友松の画業が大きく花開いたのは60歳を過ぎてから。特に建仁寺がその活躍の舞台で、大方丈の襖絵50面をすべて手懸けたほか、多くの作品が残っており、建仁寺はいつしか「友松寺」と称されるようになりました。建仁寺の大方丈を飾る「雲龍図」は、画面の縦が約2メートルもの高さ!墨の気迫を全面に押し出していた時期の作品のスケール感を堪能できます。

友松は龍の名手であり、その名声は海を越えて当時の朝鮮にも鳴り響いていたほどです。友松の「龍図」は画面を立てかけて描く「立て掛け描き」によって流れ出した墨が、龍をいっそう迫力あるものにしています。ダイナミックな龍には畏怖さえ感じさせる「凄味」があり、戦国の世を生き抜いてきた筆者の力強さがみなぎり細部にまで滲み出ているようです。本展では、北野天満宮勧修寺などの「龍図」のみを暗闇のなかに展示するブラックルームも演出予定。薄暗いなかに浮かび上がる友松の龍は必見です!

重要文化財 花卉図屏風(右隻)海北友松筆 妙心寺(京都)

巨大な金碧画の妙心寺屏風「花卉図」「寒山拾得・三酸図」「琴棋書画図」も見逃せません。独特の境地を展開し、入念に描きこまれた牡丹の美しさ、生命感、寒山拾得の大らかさなどは、狩野永徳、長谷川等伯にはない「友松らしさ」だといえます。

海北友松展の注目作品!アメリカより60年ぶりの里帰り!「月下渓流図屏風」

  • 月下渓流図屏風(左隻)海北友松筆 ネルソン・アトキンズ美術館(米国)
  • 月下渓流図屏風(右隻)海北友松筆 ネルソン・アトキンズ美術館(米国)

最晩年の作品として注目したいのが「月下渓流図屏風」。この屏風は昭和33年にアメリカのネルソン・アトキンズ美術館の所蔵となって以降、一度も帰国していません。今回が60年ぶりの里帰りであり、久々の日本公開となります。早春の夜明け前、朧月の優しい光が渓流とその水辺を照らしている様子を描いたこの作品は、没骨(もっこつ)法で描かれたもの。渓流は限りなく軟らかく優美。詩情豊かな世界に誘われます。友松の最高傑作とされ、日本的水墨画の頂点であるといわれています。

ようやく、 ようやく

目の前に

 

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館内はカメラ禁止ですが

遠くから パチリ

このブースは 龍の壁画が

思わず 身震い

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龍は仏様をお守りする

龍神となり 天空を飛び回り 神々の世界と人々をつなぐ

生き物

顔はラクダ 体の鱗は鯉 そして 足の爪は鷹

中国から伝わった神々の身代わり

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見入る人々は見せられるように画壁の前で動かず

果たして彼らの心のなかで 龍が 天空をどのように飛び回ったのか

小生の心のなかでは龍と共に天空を飛び回った過去の時間が

目の前に映し出された。

外に出ると 京都の暑い日差しが体を照らしたが

それ以上に 心の熱気が止まらなかった。

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